6月6日に広島で行われるHODC(Hiroshima 2020 Design Clarrette)が、参加者を募集しています。
HODCは、広島のオリンピック誘致をきっかけに都市の未来を考えるイベントで、伊藤を含む15組のデザイナー、建築家が参加者と協力して広島のための提案を行います。
提案者からのコメントも、こちらのサイトにアップされ始めています。
皆様、ぜひご参加下を。21世紀の都市の未来のために、皆様のアイデアの力を貸して下さい。
20100508
立川シネマスタジオ
立川で友人たちが企画、運営、設計、施工を手がけているシネマスタジオのオープニングイベントに行ってきた。自ら商店街に乗り込み、商店会と交渉し、空き店舗を借り上げ、シェアハウスとカフェを作ってしまったというもの。様々な人を巻き込みながら、半ば強引に計画を推進させるパワーに恐れ入った。今後に向けて仕込んでいる計画もあるようで、さらなる展開が期待できる。とても楽しみ。
オープニングでは建築、デザインの関係者から学者さん、役所の人、商店会のおじさんまでとても雑多な人々が入り乱れていて、誰もがとても楽しそうだった。ちょっと遅刻してしまって聞き逃したのだけど、商店会長さんのスピーチによると「シネマ通り始まって以来の人出」だったのだとか。
まだ始まったばかりだけれど、立川、これからどんどん面白くなりそうだ。
オープニングでは建築、デザインの関係者から学者さん、役所の人、商店会のおじさんまでとても雑多な人々が入り乱れていて、誰もがとても楽しそうだった。ちょっと遅刻してしまって聞き逃したのだけど、商店会長さんのスピーチによると「シネマ通り始まって以来の人出」だったのだとか。
まだ始まったばかりだけれど、立川、これからどんどん面白くなりそうだ。
20100507
公園の快適性
GWは、近所にある「林試の森公園」に二度も行ってしまった。「林試の森公園」は、かつて林野庁の「林業試験場」だったところを公園に改造したところで、試験場時代の名残らしく様々な樹種の大木があり、とても気持ちが良い。この公園は普段から利用者がたくさんいる人気スポットのようだが、特にGW最終日の5月5日は天候に恵まれたこともあって「混雑」と言えるくらいの人出で賑わっていた。レジャーシートを持ち込むのなんてのは当り前で、豪華なピクニックセットや折りたたみ式の椅子やテーブルを用意している人も多い。
風が吹抜け、木漏れ日が落ちるところはめざとく発見され、必ず誰かに陣取られている。太陽の動きに合わせてレジャーシートを動かしている人もいる。でもたまに太陽の動きを忘れて昼寝をしてしまい、直射日光にさらされているおじさんがいたりもして。とにかく最高に気持ちが良い。こういう風景を見ると、みんな公園の快適さを良く知っているんだな、と思う。
こういう環境を建築でも作りたいと常々思っている。ところが、ひとたびああいう快適さを建築で実現しようとすると、とてつもなく大変な道のりが待ち構えていることが多い。
なぜ?みんな公園の快適さは良く知っているはずなのに。
大概の場合、カウンターとして登場するのは高気密高断熱の空調設備依存型室内環境調整方式だ。
では、公園型と空調型(勝手に命名)の違いは何か。それは外部の環境要因に対する態度の取り方だと言える。公園型は、外部の環境要素を最大限利用する。空調型は、外部を出来るだけ遮断する。
確かに、外的要因を遮断すれば安定的に室内環境を整えることができ、平均値的な快適さは担保される。しかし空調機の物理的な限界を超えることはできない。そこを超えるためには、やはり外的要因の有効利用が欠かせない。でも外的要因は不安定で、場合によっては室内環境が少し乱れてしまうリスクもつきまとう。しかし、うまくハマったときの快適さは空調機の限界を軽々と飛び越えてしまう。
リスクを排除するのではなく、うまく軽減し、できるだけ快適な室内環境を作り出すのが建築の重要な役割だろう。建築は、外部を遮断するためではなく、外部と繋がるためにこそ役立つべきだと考えたい。
こういう考え方はとにかくリスクを排除しようという思考が蔓延しているとなかなか受け入れられない。しかも今この時代は、やたらとリスクヘッジに関する技術が向上してしまい、ノーリスクでいかに獲得値を上げるか、ということばかりが取沙汰されているように思う。挙げ句には、本来リスクでないものも、ちょっと不明点があるとすぐにリスクと判定して排除してしまうようなこともある。
リスク排除というと、一見とても強固な正当性が与えられているように見えるけれど、それが取りこぼしてしまうものをきちんと掬い上げることにこそ意義を見いだしたい。
20100409
HODC
6月に広島で行われるHODC(Hiroshima 2020 Design Charrette)に参加することになりました。
合わせて、4月17日に東京で行われるプレイベントにもゲストとして参加します。
詳細はこちら。
ぜひお越し下さい。
日時:2010年4月17日(土曜日)
OPEN:18:30
START:19:00
会場:HAPPA
東京都目黒区上目黒2−30−6
TICKET INFO(先着50名様)
一般 ¥2,000
学生 ¥1,000(当日受付にて学生証のご提示をお願いします)
+ 1 Drink
チケット予約受付係 arakisasaki@mbe.nifty.com
一般/学生を明記の上、お名前、ご連絡先をお送りください。
予約受付完了メールを返信致します。
出演:Hiroshima 2020 Design Charrette実行委員
佐々木高之[建築家 アラキ+ササキアーキテクツ]
小川文象[建築家 FUTURE STUDIO]
木原一郎[アーバニスト full stage]
門脇耕三[首都大学東京助教]
加藤孝司[デザインジャーナリスト FORM_Story of design]
ゲスト:Hiroshima 2020 Design Charrette提案予定者
[アラキ+ササキアーキテクツ]
荒木源希 Araki, Motoki、 佐々木珠穂 Sasaki, Tamaho
[伊藤暁建築設計事務所]
伊藤 暁 Ito,Satoru
[スキーマ建築計画]
長坂常 Nagasaka, Jo
[中村竜治建築設計事務所]
中村竜治 Nakamura, Ryuji
[永山祐子建築設計]
永山祐子 Nagayama, Yuko
[成瀬・猪熊建築設計事務所]
猪熊純 Inokuma Jun、成瀬友梨 Naruse, Yuri
[松岡聡田村裕希]
松岡聡 Matsuoka, Satoshi、田村裕希 Tamura Yuki
[メジロスタジオ]
馬場兼伸 Baba, Kanenobu、黒川泰孝 Kurokawa, Yasutaka
[ユニティデザイン]
雨宮知彦 Amemiya, Tomohiko
合わせて、4月17日に東京で行われるプレイベントにもゲストとして参加します。
詳細はこちら。
ぜひお越し下さい。
日時:2010年4月17日(土曜日)
OPEN:18:30
START:19:00
会場:HAPPA
東京都目黒区上目黒2−30−6
TICKET INFO(先着50名様)
一般 ¥2,000
学生 ¥1,000(当日受付にて学生証のご提示をお願いします)
+ 1 Drink
チケット予約受付係 arakisasaki@mbe.nifty.com
一般/学生を明記の上、お名前、ご連絡先をお送りください。
予約受付完了メールを返信致します。
出演:Hiroshima 2020 Design Charrette実行委員
佐々木高之[建築家 アラキ+ササキアーキテクツ]
小川文象[建築家 FUTURE STUDIO]
木原一郎[アーバニスト full stage]
門脇耕三[首都大学東京助教]
加藤孝司[デザインジャーナリスト FORM_Story of design]
ゲスト:Hiroshima 2020 Design Charrette提案予定者
[アラキ+ササキアーキテクツ]
荒木源希 Araki, Motoki、 佐々木珠穂 Sasaki, Tamaho
[伊藤暁建築設計事務所]
伊藤 暁 Ito,Satoru
[スキーマ建築計画]
長坂常 Nagasaka, Jo
[中村竜治建築設計事務所]
中村竜治 Nakamura, Ryuji
[永山祐子建築設計]
永山祐子 Nagayama, Yuko
[成瀬・猪熊建築設計事務所]
猪熊純 Inokuma Jun、成瀬友梨 Naruse, Yuri
[松岡聡田村裕希]
松岡聡 Matsuoka, Satoshi、田村裕希 Tamura Yuki
[メジロスタジオ]
馬場兼伸 Baba, Kanenobu、黒川泰孝 Kurokawa, Yasutaka
[ユニティデザイン]
雨宮知彦 Amemiya, Tomohiko
20100406
HPリニューアル完了!
事務所のホームページをリニューアルしました。
デザインは橋詰宗くん。すばらしいです。
たまには発注者になるというのも良いものだ。
彼はあんまり発注者の要望をマジメに聞かないデザイナーだったけど(いや、もちろん良い意味で。笑)、任せることで未知の領域に連れて行ってくれることを実感させてくれました。
ありがとう!!
伊藤暁建築設計事務所
デザインは橋詰宗くん。すばらしいです。
たまには発注者になるというのも良いものだ。
彼はあんまり発注者の要望をマジメに聞かないデザイナーだったけど(いや、もちろん良い意味で。笑)、任せることで未知の領域に連れて行ってくれることを実感させてくれました。
ありがとう!!
伊藤暁建築設計事務所
20100308
20100208
Live Round About Journal
2月6日、藤村龍至率いる「TEAM ROUNDABOUT」主催のLive Round about Journal「メタボリズム2.0」へ。これが、とても面白かったわけであります。
プレゼンテーターの講演+全体討議+ライブ編集+フリーペーパー発行というフォーマットも三年目で、今年のプレゼンテーターは以下の方々。
・連勇太郎
・酒井康史
・李明喜
・岡瑞起
・池上高志
・藤本壮介
・磯崎新
コメンテーターは東浩紀、倉方俊輔、南後由和、黒瀬陽平、橋本純という面々。
モデレータは濱野智史(遅刻)、藤村龍至。
各プレゼンテーターの内容などについては各所にアップされているのでここでは割愛、ということで、ここでは(濱野氏遅刻の次に)最も印象的だった全体討議の中での「藤村龍至吊るし上げ事件」について思ったことを書きたいと思う。
ことの発端は磯崎氏による「この場には『何が良い建築で何が悪い建築なのか、何がいい環境で何が悪い環境なのか』についての議論がない」との指摘だった。
まず、とにかく残念だったのは、藤村氏を中心とする議論に対して差し出されたであろうこの指摘に対して、藤村氏が自ら回答せず、マイクを李氏や黒瀬氏に委ねてしまったことだ。これは良くない。
磯崎氏による指摘は、非常に的を射ている。藤村氏のマニフェストが一定の合意を得ながらも常に批判的に取扱われてしまうのも、この問題に起因する。「批判的工学主義」「超線形プロセス論」といった彼の理論はあくまで方法論であって、それをどうやって結果に繋げていくのかについては答えが提示されていない。それどころか、藤村自身が「形はどうでもいい」などと発言してしまうものだから、余計に誤解を招いてしまう。
当然のことながら、良い/悪いの判断基準が形のみに依存するわけではない。それに、藤村氏だって形には注意を払っているだろうし、興味もあると思う(無いなら建築家をやめるべきだ)。
ただ、形云々についてナイーブに議論しているだけでは建築家はどんどん社会から乖離してしまう、という問題提起をしたいだけなのだ。
ここまでは良い。だが、建築家として仕事をする以上、最終的には出来上がる「もの」に責任を持たなければいけないし、何が良くて、何が悪いと思っているのか、という問題にはきちんと意思表明をすべきだろう。
だから、磯崎氏の問題提起に対して、自身の言葉で返答しなかったのには失望した。アホかと思った。
この煮え切らない態度に苛立った会場からは、「藤村はビジョンを示せ」「未来への視点を提示せよ」といった非難が噴出するという展開に。自ら回答を拒否した結果であり自業自得だが、一方でこれはちょっと酷だったように思う。
そもそも、物語亡きこの時代に大きなビジョンを描くことは不可能に近い。「今の意志」という大きなマスは存在しない。ビジョンはローカルにしか提示できないし、そのレベルで満足していてはコンテクストとの戯れでしかなく、「社会」や「都市」を語る言説にはなり得ない。
ただ、やっぱりビジョンがなければ、人を動かし、前に進んでいくことは難しい。どこに行くのかわからない列車に乗りたい人はいないだろう。だから物語(ビジョン)亡き時代にいかにものを作るかが問われているのであり、その時に大事なのがシステムであり、プロセスであり、アルゴリスム(的思考)なのだ。藤村氏は「コンテクストに沿った建物を作りたい」と言っていたが、コンテクストに依存するのではなく、いかにコンテクストから「良い建築」「良い環境」を導きだすか、こそが重要だろう。
ビジョンはローカルでも構わない。というかむしろローカルなビジョンこそが求められている。だから、ビジョンは「結果」で良いのだと思う。ただ、放棄してはいけない。
「ローカルなビジョンを構築するために必要なものは何か」という問いに対して、コンテクストから結果を導きだし、多様な要素を読込みながら計画をまとめあげていく「批判的工学主義」や「超線形プロセス論」が一つの答えの手掛かりにはなっていると思う。一義的なビジョンをかざすのではなく、多義的に計画を生成していくための議論こそが社会や都市を語っていく上で重要だと思うし、藤村氏にはその可能性について語ってほしかった。
まあ、藤村批判が噴出していた会場でも、ビジョンを描くことの困難さにはみんな承知の上だったろうとも思う。だからこそ、「汚名をかぶってでも未来を語りたい」と言い切った東浩紀氏の言葉は、とても力強く心に響いたのだった。
あの心意気溢れる発言は、藤村氏に向けてというよりもあの会場にいた建築関係者全員に向けられたものだったように思う。
プレゼンテーターの講演+全体討議+ライブ編集+フリーペーパー発行というフォーマットも三年目で、今年のプレゼンテーターは以下の方々。
・連勇太郎
・酒井康史
・李明喜
・岡瑞起
・池上高志
・藤本壮介
・磯崎新
コメンテーターは東浩紀、倉方俊輔、南後由和、黒瀬陽平、橋本純という面々。
モデレータは濱野智史(遅刻)、藤村龍至。
各プレゼンテーターの内容などについては各所にアップされているのでここでは割愛、ということで、ここでは(濱野氏遅刻の次に)最も印象的だった全体討議の中での「藤村龍至吊るし上げ事件」について思ったことを書きたいと思う。
ことの発端は磯崎氏による「この場には『何が良い建築で何が悪い建築なのか、何がいい環境で何が悪い環境なのか』についての議論がない」との指摘だった。
まず、とにかく残念だったのは、藤村氏を中心とする議論に対して差し出されたであろうこの指摘に対して、藤村氏が自ら回答せず、マイクを李氏や黒瀬氏に委ねてしまったことだ。これは良くない。
磯崎氏による指摘は、非常に的を射ている。藤村氏のマニフェストが一定の合意を得ながらも常に批判的に取扱われてしまうのも、この問題に起因する。「批判的工学主義」「超線形プロセス論」といった彼の理論はあくまで方法論であって、それをどうやって結果に繋げていくのかについては答えが提示されていない。それどころか、藤村自身が「形はどうでもいい」などと発言してしまうものだから、余計に誤解を招いてしまう。
当然のことながら、良い/悪いの判断基準が形のみに依存するわけではない。それに、藤村氏だって形には注意を払っているだろうし、興味もあると思う(無いなら建築家をやめるべきだ)。
ただ、形云々についてナイーブに議論しているだけでは建築家はどんどん社会から乖離してしまう、という問題提起をしたいだけなのだ。
ここまでは良い。だが、建築家として仕事をする以上、最終的には出来上がる「もの」に責任を持たなければいけないし、何が良くて、何が悪いと思っているのか、という問題にはきちんと意思表明をすべきだろう。
だから、磯崎氏の問題提起に対して、自身の言葉で返答しなかったのには失望した。アホかと思った。
この煮え切らない態度に苛立った会場からは、「藤村はビジョンを示せ」「未来への視点を提示せよ」といった非難が噴出するという展開に。自ら回答を拒否した結果であり自業自得だが、一方でこれはちょっと酷だったように思う。
そもそも、物語亡きこの時代に大きなビジョンを描くことは不可能に近い。「今の意志」という大きなマスは存在しない。ビジョンはローカルにしか提示できないし、そのレベルで満足していてはコンテクストとの戯れでしかなく、「社会」や「都市」を語る言説にはなり得ない。
ただ、やっぱりビジョンがなければ、人を動かし、前に進んでいくことは難しい。どこに行くのかわからない列車に乗りたい人はいないだろう。だから物語(ビジョン)亡き時代にいかにものを作るかが問われているのであり、その時に大事なのがシステムであり、プロセスであり、アルゴリスム(的思考)なのだ。藤村氏は「コンテクストに沿った建物を作りたい」と言っていたが、コンテクストに依存するのではなく、いかにコンテクストから「良い建築」「良い環境」を導きだすか、こそが重要だろう。
ビジョンはローカルでも構わない。というかむしろローカルなビジョンこそが求められている。だから、ビジョンは「結果」で良いのだと思う。ただ、放棄してはいけない。
「ローカルなビジョンを構築するために必要なものは何か」という問いに対して、コンテクストから結果を導きだし、多様な要素を読込みながら計画をまとめあげていく「批判的工学主義」や「超線形プロセス論」が一つの答えの手掛かりにはなっていると思う。一義的なビジョンをかざすのではなく、多義的に計画を生成していくための議論こそが社会や都市を語っていく上で重要だと思うし、藤村氏にはその可能性について語ってほしかった。
まあ、藤村批判が噴出していた会場でも、ビジョンを描くことの困難さにはみんな承知の上だったろうとも思う。だからこそ、「汚名をかぶってでも未来を語りたい」と言い切った東浩紀氏の言葉は、とても力強く心に響いたのだった。
あの心意気溢れる発言は、藤村氏に向けてというよりもあの会場にいた建築関係者全員に向けられたものだったように思う。
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